冨士山下宮 小室浅間神社(旧称:下宮浅間神社)

下浅間(しもせんげん)

神馬舎

本物の白馬がいて、ちょっと吃驚。

この神社では流鏑馬祭の維持保存のため神馬を飼育しているそうで、この白馬は日本中央競馬会から奉納された馬だそうです。乗馬柵もありました。

この神社の流鏑馬祭りは全国的に類を見ない独自のもので、射手が放った矢の命中度ではなく、走った馬のひづめの跡で一年を占うそうです。

− 小室浅間神社流鏑馬 −
『小室浅間神社は明治中期まで下宮浅間と呼称されてきた。その根拠は定かではないが、富士山二合目の小室浅間神社の対称と推測される。

曽ては上・下吉田・松山三ヶ所の産土神として此の地一帯の守護神としての崇敬を鐘めてきたが、流鏑馬此の下宮浅間を里宮として、二合目小室神社の山宮から山の神が田の神となり毎年播種期の頃降臨、農事を守護し、収穫と倶に山宮に還御の折、流鏑馬を産子が奉納して農閉期の産子達の生活の平安無事を祈祷する所に本来の目的と奉仕の由緒がある。
従って産子が産土神の守護を念じて奉納する性格のこの流鏑馬は在来謂われてきた武士が武技錬磨のためのものとは意味することが著しく異なる。即ち馬の足跡に依って占いを行うというこの独特の祭儀はそのまま氏神信仰に重層する。身につける狩衣烏帽子・股引・襦袢等は地方に見られる一般庶民の出立ちで、地味で見栄えのないものであるが、農民の生活のなかに培われた祭儀である。因にこの地方一帯に広く行われる、お日待ちは此の流鏑馬の神事と深い関係を持つ習俗で、1月14日から15日の暁にかけて行われる当神社の通称「筒粥」と呼ばれる粥占神事も又その拠りたつ意味は農事の隆昌と産子の繁栄を祈念する処にある。』
(案内板より)

− 小室神社の由緒 −
『毎年9月19日の例大祭に奉納される流鏑馬は八百余年もの間一度も欠かさず連綿と伝えられてきた。富士吉田市無形民俗文化財にも指定されている。当神社の流鏑馬は、奉仕者が家人と生活を別にしての、一週間にわたる「切火」と呼ばれる厳重な潔斎と、馬の駈けた足跡により吉凶を判ずる馬蹄占が「占人(うらびと)」の存在とともにこの神事を著名なものにしている。』
(案内板より)
神馬社

本物の神馬舎とは別の神馬社も鎮座していました。
昔、この地方の各家では馬を飼っていて、その馬に感謝すると共に、その御霊を慰める為に建立されたんだそうです。

小室浅間神社の所在地:山梨県富士吉田市下吉田5221