大甕倭文神社

甕星香々背男

大甕(おおみか)倭文(しず)神社

茨城県日立市の大甕駅の西に鎮座している神社で、星神の天津甕星(天香香背男)を封印していると言われる神社です。

国道6号線の「大みか神社入口」の信号を入ると道路沿いに鎮座し、正面に駐車場がありました。
拝殿と扁額

祭神は天香香背男を封印した倭文神の武葉槌神で、どちらも物部系のようです。倭文とは倭国の織物のことで「しとり」、「しつり」、「しどり」と読み、日本古来の文様を持つ素朴な織物「倭文織(しつおり)」という意味。

武葉槌命は日本で織物を始めとする組織的な産業を最初に起こした神で、知恵の神でもあり、様々な生活の術を東日本に広め人々の生活を向上させたそうです。

拝殿の狛犬
拝殿の横に絵馬掛け所と神輿安置所があり、その横(左の写真中央)から本殿が鎮座している岩山に登れるようになっていました。
本殿入口

拝殿裏は天香香背男が封印されている岩山で、岩山全体を「宿魂石」と言い、登り口に大杉神社が鎮座していました。ここを登るの?とためらってしまう岩山ですが、地元の参拝者は結構登ってる様子?

岩山の登り口の左右には稲荷神社と八坂神社が鎮座。
岩山は、砕けた巨石をドサドサ山積みにしたような岩山で、つかまって登れるよう鎖が設置されていて、岩山のてっぺんに武葉槌神を祀る本殿が鎮座していました。本殿には龍や象、鳥、狛犬のような幻獣(?)など、いくつか彫刻が彫られています。
天香香背男は古事記には登場せず日本書紀の葦原中国平定にのみ登場し悪神とされていますが、全国の星神社や星宮神社の多くは天香香背男(天津甕星)を祭神としているので、天孫族に滅ぼされた出雲系の神と考えられ、葦原中国平定に最後まで抵抗した神ということで諏訪神の建御名方命と同一神とされることがあり、また北極星を神格化した妙見菩薩の化身とされることもあります。

また、鹿島神宮誌によると天香香背男一族は駿河国の富士山麓の海岸にいて、天孫族の発展とともに北へ北へと駆遂され常陸国に居を構えたそうです。天香香背男は東国の陸地や海上に一大勢力を持っていたといいます。

大甕倭文神社所在地:茨城県日立市大みか町6-16-1