というわけで、奥宮を探しに行って来ました。
この奥宮はなんだか雰囲気が凄く怖くて・・・夕方で暗くなりかけてたし、人がいなかったせいかなとも思ったのですが、殺気のようなヤバさを感じたのでググったら怖いと言ってる人が多くて、ここは凄いパワースポットらしいです。経津主神が主祭神の神社は怖いのかな。上野国一之宮貫前神社の主祭神も経津主神だけど、神事の最中にしゃべると死ぬと伝わる御鎮神事があるし。
〓 天真正伝神道流始祖飯篠長威斉墓(千葉県指定史跡) 〓
『 天真正伝神道流(香取神道流)は、室町時代に形成され、以来、中条流・影久流・鹿島神道流などが誕生し、わが国最古の権威ある流儀として知られている。始祖である飯篠長威斉家直は、旧飯笹村(現、香取郡多古町飯篠)に生まれ、後に、旧丁子村山崎(現、香取市)に住み、香取神宮境内の梅木山不断所で、剣法の奥儀を極めたと伝えられている。一時、将軍足利義政に仕えたが、帰隠し、長享二年(1488年)四月十五日没した。墓碑は緑泥片岩であり、上部を欠き、高さ九一センチ、幅四九・五センチで、「飯篠伊賀守長威大覚位」の陰刻がある。 』
(案内板より)
〓 要石 〓
『 香取、鹿島の大神、往古この地方尚ただよえる国であり、地震が多く地中に住みつく大鯰魚(おおなまず)を抑える為、地中深く石棒をさし込みその頭尾をさし通した。香取は凸形、鹿島は凹形である。
伊能穎則 「あずま路は香取鹿島の二柱うごきなき世をなほまもるらし」 』
(と、書いてあります)
香取神宮所在地:千葉県香取市香取1697