駿河国一宮 富士山本宮浅間大社

浅間神社の総本宮

静岡県富士宮市にある浅間神社の総本宮です。

奥宮は富士山頂にあり、神体山は富士山です。
境内のマップです。

現在地は中心ちょっと下の第二鳥居前で、周囲は有料駐車場になっていました。境内マップや神社の案内板もここにあり、近くに富士宮焼きそばのお店もありました。

マップ右上の池は富士山の雪解け水が湧き出している有名な湧玉池です。
祭神 木花之佐久夜毘売命
配祀 瓊々杵尊・大山祇神

孝霊天皇の御代、富士山が噴火し、人民が離散し国内が荒れ果てたので、垂仁天皇が富士の神霊を山麓の地に鎮祭し、これが浅間大社の創祀だそうです。

− 御祭神 −
主神 木花之佐久夜毘売命
配祀 瓊々杵尊 大山祇神
− 御由緒 −
『 人皇第7代孝霊天皇の御代、富士山が噴火し、人民が離散し国内が荒れ果てたので、第11代垂仁天皇は、富士の神霊を山足(山麓)の地に鎮祭した。これが浅間大社の創祀である。第12代景行天皇の皇子日本武尊が東征の際、浅間大神の神助を畏み、山宮の地(現社地の北方6キロ)に篤く大神を祀られた。その後、平城天皇の大同元年(806)坂上田村麿が勅命に依り、神霊を山宮より大宮(現社地)遷し奉った。以来実に1200余年、全国1300余社に及ぶ浅間神社の総本宮として、全国的に篤い崇敬をあつめている東海最古の名社である。
古来、朝廷の崇敬極めて篤く、延喜の制では名神大社に列し、駿河国の一宮として崇められた。武家時代に入ってからは、源頼朝をはじめ、北条義時、武田信玄、同勝頼、等の各武将は、それぞれ神領や神宝を奉納して篤く崇敬した。特に徳川家康は、天下を平定した奉賽のため、慶長9年(1604)に本殿以下の諸社殿を奉献し、更に富士山八合目以上を社地として寄進した。本殿は二層の楼閣をなし、浅間造と称し重要文化財に指定されている。』
− 富士山信仰 −
『 霊峰富士山は、古来浅間大神の鎮まり坐す神体山として、全国の登拝者の最も尊崇するところである。頂上には奥宮・久須志神社の二社が鎮座しているが、共に浅間大社の奥宮で、八合目以上はその聖域にして境内地である。 』 − 湧玉池 −
『 神社の東側神苑にある。富士山の雪解け水が溶岩を浸透し、神立山の山裾からこんこんと湧出している。湧出量毎秒3、6キロリットル(約20石)、水温は年間を通じ13度で、特別天然記念物に指定されている。この池は古来、富士登拝者が沐浴斎をしたところである。 』
(案内板より)

第二鳥居から続く参道。

参道の両側に、風車がたくさん飾ってありました。
石鳥居。

狛犬もここにありました。奥に太鼓橋があります。
流鏑馬の像。

− 桜の馬場 −
『源頼朝が富士の裾野で巻狩りを行ったときに流鏑馬を奉納したのに始まり、流鏑馬祭(5月4・5・6日)が行われる。』
(案内板より)
一名眼鏡池とも言われる鏡池。

妙な鳴き声がするので見てみるとアヒルでした。池の周りを歩きながらずっと鳴いてて、撮ってくれと言ってるようだったのでカシャ。

富士山本宮浅間大社所在地:静岡県富士宮市宮町1-1